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2005年6月16日 (木) 21時32分22秒 |
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[名前] :
畝源三郎 |
[URL] : http://www.geocities.jp/une_genzaburo/ |
[コメント] :
メールいただいたのに返事おくれて申し訳ありません。最近色々とり込んでいてなかなかレスするまでの余裕がなくて・・・・・ 今HP見させていただいております。 本格的な調査なので、感服しております。 考えてみれば、私の一族に繋がる人も、そちら札幌郊外や小樽にいるそうなんですが、叔母が30年ほど前訪れた際(その際、本家の娘さんがやってきたと言って大歓迎を受けたそうです)逢って以来、今では連絡も途絶えてしまったとか。 北海道の人の側や制度上の問題点だけでなく、こちら側にも、薄情さなど多くの問題点があるかもしれません。数代経つと、親族意識も薄くなりますが、北海道の人にとって、確かにルーツが辿れないというのは、根無し草になるようで辛いと思います。 浦野さんの先祖調査の一助になることがもっとできればいいのですが・・・ 蔭ながら応援しています。頑張ってください。
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| 2005年6月17日
(金) 00時02分49秒 |
[名前] :
管理人浦野 |
[URL] : http://www.geocities.jp/kirche_7/ |
[コメント] :
>畝源三郎さま お忙しいところ、当ホームページに訪れていただきありがとうございます。能登での調査は、あらかじめ畝源三郎様のホームページで情報収集していたおかげで、随分と充実しました。
>北海道の人の側や制度上の問題点だけでなく、こちら側にも、薄情さなど多くの問題点があるかもしれません。
私が能登へ訪れた時には、薄情さなんて全く感じないどころか、突然の来訪者にも関わらず、感謝し尽くせないほどの心温かいご協力をしていただきました。事実、狼煙町の方々の協力なしでは、菩提寺の特定や墓石の修復などを1回の現地調査で行うことはできませんでした。
浦野家だけでなく、明治中期は石川県からの北海道移住者のピークだったそうで、畝源三郎様のご親戚の話などを伺うと、ますます北海道と能登の深いつながりを感じてなりません。
これより先の調査は文献を頼りに進めていくことになると思います。能登の歴史について、今後も畝源三郎様の情報を参考にさせていただきたいと思います。当HPにも時々立ち寄って頂ければ幸いです。
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